お知らせ: 2008年7月アーカイブ

 

久しぶりにロングドライブしました。

って言っても当直先まで運転して着く直前に携帯忘れたのに

気づいてまた戻って、また当直先まで行きました。距離以上に

疲れました。。。

完全に携帯依存症。

 

 

もう今の勤務先では分娩再開をあきらめていましたが、あと

2人ほど助産師さんが集まれば分娩再開との情報あり。

 

地域の要請がほんとに強いのでとっとと再開しないといけない

のは確かです。

 

しかし、いままでいろんな提案をしても実現しなかったのに、

本当に分娩再開はなるんでしょうか。それに継続しないと

いけないんですから、産婦人科医もあと一人は補充しないと

来年辞める身としてはちと心配。

 

私個人としては、現状では自分の力の3割も出せていない

状況なので(ちょっと大げさかな)、少しでも貢献できる状況

になるのは望ましいことです。それにわざわざ当直に行かなく

ても分娩に触れられますしね。

 

早くおおやけに発表できるといいのですが。

またフライングって怒られるかな。。。

 

続々と、、、

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夏から都内、首都圏で少しずつ産婦人科クリニックがオープンします。

まずは金村産婦人科クリニック、入間市、8月5日だそうです。

それから9月中旬くらいでしょうか、成城マタニティクリニック、世田谷。

また私と同じころ、来年春に横須賀、あきる野、でもオープンします。

 

産婦人科医は少なくなってきていますが、新規開業でがんばろう

という仲間も少しずつではありますがいるんです。心強い限りです。

 

開業クリニックだと、病院よりも医師一人当たりの分娩件数は2倍から

3倍くらい取れます。それは比較的合併症などが起きにくいと予想される

妊婦さんを対象とするからです。

 

なので、こうした役割分担が進むと、本当に大変なお産は大きな病院で、

それほどトラブルが起きない分娩はクリニックで、ということになれば

いわゆる「たらい回し」(この言葉、どうにかしてほしいですが)なんかは

なくなってきます。

 

いまは大きな病院でも正常分娩をたくさん扱って、そのせいでハイリスクの

分娩に手が回らないなんて馬鹿なことが起きているんです。独立採算で

っていうことが大きな原因のようですけど。正常分娩は収入源ですから。

 

こうなると政治の問題です。それぞれの職域の中でみんなベストを尽くして

がんばってほしいと思っています。

 

もちろん私も向こう10年は休み返上でがんばるつもり!

 

 

夏が嫌いな私はもうへとへとです。唯一いい点はジョギング

したときに簡単に体重が落ちること。しかしのどが渇きすぎて

グロッキーになりますが。。。

 

話は前後しますが、9月末に都からの開業許可が下りました。

都庁の役人は態度が大きくて、許可してやる、って感じなんです

よね。別に役人本人の努力でも何でもないはずなんですけど、

権力を持つ側に立つと相手が下でに出るもんだから、ついつい

えらそうになってしまうんでしょう。

きっと個人的に飲み屋とかで会えば結構いい人だったりするんで

しょうけどね。

 

まいど、ノムさんありがとうございます。

20代くらいの若い役人に一生懸命頭下げてくれました。

 

われわれ医者も、若いころから先生と呼ばれ、えらそうになって

いく人もいるから気をつけないと、です。他山の石、ですね。

 

 

許可が下りますと、設計が本格的に始まります。私の希望は、

ちょっとおしゃれな最近の美術館風。モノトーンでガラスを多く

使って、そこに入るとすーっと落ち着く感じ。

産婦人科はお姫様がいるお城みたいなところも結構あって、

そういうのが人気だったりします。それに比べると、やや冷たい

印象があるかもしれません。

 

が、温かみはスタッフの人柄で出します!!!

妊婦さん以外のかたも気安く入れるように、という願いをこめて

います。お城だとご年配の方は入りづらいですから。

 

構造はいたってシンプルに使いやすくしてもらいました。

内装の雰囲気で楽しんでいただいて、あくまで機能的に、

それが患者さんのためでもあるし、スタッフが効率よく働ける

クリニックになると思っています。

 

そうは言っても大きな病院で働いてばかりいて、クリニック

ではアルバイトくらいしかしていなかったので、なかなか

イメージが難しく、設計士さん、ノムさんのアドバイスをもらい

ながら、試行錯誤。でも設計士さんはセンスがあって、本当に

いいひとで自分の主張を押し通すわけでもなくいい提案をして

くれました。

 

どんな建物にしようかと、いろんな建築や本、雑誌、大手設計

事務所のホームページなど見ましたが、図面上のイメージでは

それに勝るとも劣らないでき具合。才能は隠れたところにもある

んだ、と実感しました。

 

 

今日はもうすく

「Tomorrow」

です。Tomorrowは医療系ドラマ。ついついなんとなく

見てしまいます。リアリティがないな、と思うところから

あ、ここまで作ってくれているんだ、と思うところまで

いろいろです。

 

「Tomorrow」は医療とお金の問題をけっこうリアルに

描いているので興味深いです。

不採算部門の小児科、

訴訟ばかりの産婦人科、

そんなものは切り捨てて当然、という意見は意外と

医療関係者のなかでも支持されているんです。

 

医者も自分の身を削って働くのは当然、という意識から

生活の糧として働いているだけ、という意識に変わり

つつあります。それを医者の意識が低い、教育が悪い

という人もいます。また、患者さんから感謝されなくなって

きたのだから医者の側もビジネスライクになって当然、

という人もいます。

 

どっちも正しい面はあるし、お互いにそういう方向に

向かっていっている面もあるんだろうと思います。

ただ、個人的にはビジネスライクになると純粋につまらない

ので、思いっきり感情移入しながら医療を続けてきましたし

これからもそのようにしていきたいと思っています。

 

患者さんのために!、という意識が強すぎると、トラブルが

あったときに、せっかくここまでがんばったのに、みたいな

感情が出てきてしまいますから。

 

自分のためと患者さんのため、うまくバランスが取れて

いくようにがんばります。

 

地鎮祭

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080716_1313~02.JPG

 

 

 

 

炎天下の中、地鎮祭を無事終えました。

地鎮祭なんて、初めて。住宅のものすら出たことありません。

 

なので、直前に宮司さん(ぐうじって読むんですって)から

レクチャーです。

宮司さん 「玉串(?)をささげ、2回礼して2回拍手を打って、もう1回

      礼してください」

ワタシ 「はい...」と言いながら頭の中で何度も復習。

 

私の順番は2番目。最初のオーナーさんの番のとき、

司会 「関係者は起立してください」

と声がかかり、玉串をささげる人はみんな立つのかと思って、すっくと

立ち上がりました。

すると司会の方が慌てて寄ってきて

「まだです、まだです」

 

おっと見回すとオーナーさんの親族などが立っています。

(あー、そういう関係者ですか。。。)

というわけで、ちょっと恥ずかしかったですが、自分の番はぱんぱんと

無難に終了。

 

そのほかにも鍬入れの儀式なんて、

「えいっ、えーいっ!、えーーーいっ!!」

って絶叫しながらやってましたし、こういう儀式は神聖なものなんで

しょうが、身が引き締まるというよりは興味津々でした。

 

そのあとは関係者一同、直会(なおらいって読むんですって)っていう

食事会があって、無事に事故なく建設が進むことを願ってきました。

関係者の方々にはとりあえずここまで来られて感謝感謝です。

 

もう明日から着工、楽しみです。

 

 

またまたとてつもなく暑くなってきました。本当の夏がやって

きてしまったようです。暑いのは苦手なので大変、家では

ほとんど上半身ハダカです。

 

ところで、金子レディースクリニックのシンボルマークは、

楕円形が飛んでいくイメージです。ブーメランのように映り

ますが、元に戻るわけではありません。

 

コンセプトは

"常に進化している"

ということです。

 

産婦人科、という性質上対象は女性限定になりますが、

決して妊婦さんだけというわけではありません。女性が

健康でいるためのお手伝いをし、そしてすべての女性が

社会で活躍していく足がかりとなれば嬉しいということ。

 

またそこに働く人たちも、常に新しいことに取り組み

新しい知識や技術を身につけ進歩していくということ。

 

そして常に新しい医療を提供するということ。

 

こんな気持ちをこめて、このシンボルマークにしました。

日々の医療はマンネリ化しやすいですが、そうならない

ように日々このシンボルマークを見て心を新たにして

頑張っていきたいと思っています。

 

ちょっとカタかったかな。

 

 

成育医療センターでの新生児医療の様子です。

成育では新生児科専門のスタッフが7~8人、そのほかに

私のような産婦人科医や一般小児科医、初期研修を終えた

ばかりの後期研修医などが7~8人います。

 

スタッフクラスと研修中の医者が組になって指導を受けながら

日々の医療を行っています。また当直も必ず2人は泊まって

そのほかに2人が自宅待機になっており、とても手厚い体制に

です。

 

今までは成熟した赤ちゃんしか診たことがなく、未熟な赤ちゃん

はすぐに新生児科医にバトンタッチしていたので、とてつもなく

小さな赤ちゃんには触るのも恐る恐るでした。手のひらに収まり

そうなくらいの赤ちゃんに、点滴をいれ人工呼吸器をつけ、、、

 

すべての処置が繊細、使う薬剤も少しでも量を間違えれば命取り。

久々に感じるストレスでやや自信も喪失気味。そんな中スタッフ

たちは根気よくかつやさしく指導してくれました。

 

直接のオーベン(指導医)はシゲ先生。経験15年、脂の乗り切って

いるバリバリの新生児科医。新生児医療は医療機器の進歩とともに

日進月歩。その進歩についていけなければいくら経験があっても

遅れをとってしまいます。なので日々新しい論文を読んで研究を

怠りません。

 

さらに感銘を受けたのは

「指導するのは当たり前」

という感覚。どこの世界でもそうでしょうが、自分ができるようになると

自分ができなかった時代のことを忘れたのか、後進の指導など面倒、

という輩がいます。医者の世界でもきちんとした指導体制ができてない

ことも多く、技は盗め、理論jは自分で勉強しろ、ということが多いのです。

 

もちろんそれも正しいのですが、人の命を預かる職業、基礎を教え込む

ことは重要です。

 

さらに

「絶対依頼は断るな、ウチが最後の砦だ」

という強い責任感には感動しました。

ある日、近所の産婦人科医院から連絡がありました。生まれた赤ちゃんが

具合が悪いので診てほしい、というのです。

 

シゲ先生 「よし、行こう」

ワタシ 「はい、でもウチは満床では?」

シゲ先生 「そうなんだけど、いいんだ、とりあえず行くしかない」

そう言って赤ちゃんを迎えに行きました。幸いそれほど具合が悪く

なかったので一般の新生児室に入院させることができました。

 

ワタシ 「もし具合が悪かったらどうしてました?」

シゲ先生 「引き受け先を探すしかないよ、でもほうっておくのは

       できないでしょ。」

こんな具合に常に献身的に真摯に医療に向き合っていました。

それはシゲ先生に限ったことではなくスタッフの先生みんなに

共通するものでした。

 

医療の原点ともいえる責任感、研究心、奉仕の精神などに触れ

日々の忙しさに忘れかけていたものを思い出しました。新生児の

取り扱いなど技術的なことはもちろん、こうした気持ちを持ち直した

ことが、成育での一番の成果でした。

 

 

開業場所が決まって、あとは都の許可待ち、その間2ヶ月。

開業できると決まったわけではありませんが、腹は据わった

のでいままでやりたかったことをやることにしました。

 

それは新生児診療。

生まれたばかりの赤ちゃんは産婦人科医が診たり小児科医

が診たりしてけっこうばらばらです。最近は新生児科医も増え

てきましたが、まだまだ稀少品種。ちゃんと訓練を受けない

まま、大体の感覚で元気、元気じゃないとか判断していました。

 

やっぱり赤ちゃんもしっかり診断したい、という気持ちはずっと

ありましたので、同僚の小児科の先生にお願いして日赤と成育

のNICUを見学に行きました。

 

どちらも都内はおろか日本でも有数の新生児科医がいて

最先端の医療をしています。見学に行くと、どちらの先生も

喜んで案内してくれました。とてつもなくちーっちゃな赤ちゃんが

保育器に入ってずらーっと並んでいます。そして見たこともない

器械がくっついてまさに近未来。やや圧倒されて帰ってきました。

 

 

胸躍らせて返事を待っていると、研修枠の関係で成育に行かせて

もらうことになりました。

成育では驚きの連続でした。。。

 

まずお給料の安さ。就職以来最低賃金でした。勉強のために来て

いるんだから、と納得はしていましたが家賃すら出ません。貯金を

切り崩しての生活です。でもそれでも成育には全国各地から研修に

集まってきます。お金には換えられないやりがいがあるということです。

それにしても家賃すら出ないとは。。。

 

それから症例の多さ。医者が全国から集まってくれば、患者さんも

全国から集まってきます。教科書でしか見たことがないような病気が

次から次へとやってきて、度胸がつくというか驚きがなくなるというか、

感覚が少しマヒしてしまいそうでした。

 

しかしなんといっても一番の驚きは新生児科の先生たちのすばらしさ

です。

 

 

さて、土地さがし、場所選びの続きです。

とにかく広さが律速段階になっているので、広さがあれば

まず見に行きました。国分寺、府中、国立、などなどです。

 

そんな折、

ノムさん 「調布にいいとこ、ありましたっ!」

とのこと。調布は中学高校の仲のいい同級生が住んでいる

街でなじみがあったので、期待も大きくすぐに見に行きました。

 

夜中に車を飛ばして見にいくと、一目で気に入りました。

 

街路樹の美しい甲州街道、うっそうと茂る深大寺の森、

近代的な調布駅周辺、新旧の住宅が立ち並ぶ様子は

産婦人科クリニックにふさわしい街並みだと思いました。

 

しかも、私の大好きなコンビニが隣にあるではないですか。

これならいつでも行ける!

 

これでほぼ心の中では決まりでした。あとはオーナーさん

次第です。とりあえず、病床申請のため仮の許可だけもらって

締め切りギリギリ3日前の7月28日に都庁に申請しました。

 

ところが。。。

これは後日談ですが、産婦人科と小児科に限っては今年の

4月から規制がなくなりました。いつでも開業、または既存の

クリニックや病院なら増床してよくなったのです。。。

もともと産婦人科や小児科は少ないので、規制から外れると

いうウワサはありました。しかし去年の時点ではいつ外れるか

予想がつかなかったのです。

でも、すごく気に入った場所が見つかったので、これはいい縁

だったと思っています。

 

 

さて、許可が下りるまで2ヶ月あります。この間に、まずは

オーナーさんにクリニックの許可を得なければなりません。

オーナーさんはもともと地元の名士さんで地域貢献に力を

いれておられるとのこと、それならば産婦人科クリニックは

うってつけ、とのこと、こころよく協力してもらえることになり

ました。

 

 

さて、どこに開業するか、場所選びはなかなか

難航しました。結構広さが必要で、具体的には

300坪くらいの土地を探していました。

 

坪。。。 だいたい一坪がどれくらいの大きさかも

わかりません。さっそくネットで調べると一坪は

3.3㎡。とすると、300坪って1000㎡?ってどれ

くらい?

 

住んでるマンションが70㎡くらいだから、15倍

くらいか、って想像がつきません。

 

さすがのノムさんも土地探しだけは時の運みたいな

ところがあって、一生懸命ツテを使って探してくれて

いましたが、なかなか見つかりません。

 

そうこうしている間に、ベッド規制の問題が迫って

 きていました。各地域に入院ベッド数の規定が

あって、もう埋まっているところにはあらたに病院、

診療所は立てられません。

 

すると東京西部の中でも限られてきて、府中、調布、

国立、国分寺あたりに絞られてきました。

 

しかも、申請期限は7月31日、ノムさんに初めて

会ったのが4月中旬でしたから時間はわずかしか

ありません。

 

同時に、銀行から融資を受けないといけません。

また開業許可は東京都庁がするので、金融機関、

都庁にあいさつ回りです。

くそ暑い中、一張羅の冬物スーツで大汗をかきかき

事業内容をプレゼンです。

 

とはいってもノムさんの今までの実績でほとんどスルー。

ノムさん「気持ちが伝わればいいんです。」

の言葉どおり、あまり内容は問われていないようでした。

開業医の診療についてはどこも同じようなものだから

でしょうか。

 

さて、あとは土地

 

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